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ふくろくん

コンテンツマーケティング、音楽、立ち話、そして牛乳

日記32

2017.01.05.
今日は概して“返事がない日”だった。
色んなところにフォーマルカジュアル問わずばんばんメッセージを送った。

届いたのか届いてないのか、良い返事になるかならないか、先行き暗夜行路。

仕事帰り、有楽町線の電車でアメリカのバンドの歌を聴きながら、「ここがカリフォルニアだったら全部カラッと忘れられたのかな〜」と逃避してみた。

日本も冬だから乾燥してるはずだけど、手足に冷や汗らしきものが……少しぬるぬるする。この湿り気、日本らしさがある。

夕食ではご飯と豚汁、そしてたこ焼きを食べた。ほんとはたこ焼きをではなくイカを食べたかったのだけど、近所のまいばすけっとで在庫見当たらず苦い日々が続いている。

1月は、なかなか一筋縄ではいかない気がするぞ。

日記31

2017.01.04
朝に食べ過ぎ起因のリアル腹痛に襲われた。

出勤途中、同居人と夜が寒いねという話をして、羽毛布団を買おうという話をした。もとい会議
いわゆるウォーキングミーティングだ。残念ながら10分程度ではイノベーションは生まれなかったので、インサイトを探るために実地調査(ミステリーショッパー)を行うこととなる。

仕事では、ぽろぽろとしょうもないミスが見つかったが、さささ、さささと片付けていった。

そして、さっそく羽毛布団探しにいくつかのお店を回ってみたが、価格と機能を比べてみると、決断しにくい微妙なところをついてくるラインナップしか見当たらず、結局購入を見送った。湯たんぽや、電気毛布なども選択肢にあったが、踏み切れなかった。

結局自宅にあるモンベルの寝袋を布団の上に申し訳なさそうに広げてみたら、超絶暖かい!!!!!
死語ではあるが、「ヌクモリティ」とはこのことか、と夢の中で老婆に説教していた。

日記30


2017.01.01.
朝、とても寒かった。
5時ごろに目覚め、ふたたび眠り、9時か10時ごろにベッドを出た。

また羽田へ向かう。暇を持て余し、羽田の歴史について調べていた。
戦前の敷地内はビーチレジャーと大きな神社があったそうだ。エンターテイメントと宗教が混じる土地は確かに国際間のハブにふさわしいなあ、と思った。

戻りに品川へ寄り、カフェで軽くランチを済ませた。そのまま山手線で駒込まで戻り、家まで歩いた。
風は強かったけど、快晴で気持ちが良かった。

 

2017.01.02.
鬼怒川に行くことになっていたので、昼過ぎに集合場所の北千住に向かった。自分の住んでいるところからの直線距離は大したことがないのに、えらく遠回りをさせられる。

鬼怒川温泉の駅は、ちょうどよく力が抜けていて、かといって整備を怠っている様子もない、有り体に言えば豊かな観光地だった。
観光地となると、観光地ナイズドされた建物や人々、商品やサービスなどが気になってしまうタチなのだが、ここはそんなことはないように思えて、とても好感触だった。

親戚の集まりで使われそうな居酒屋さんで夕食をいただき、戻ったホテルでは、これぞ修学旅行の醍醐味と言わんばかりに、のんびりとお酒とカジュアルトークを嗜んだ。

 

2017.01.02.
朝からアイスを食べた記憶がある。
朝ごはんでは、カレーライスを食べた。自分は、旅行先でどこにでもあるようなものを食べるのが好きだ。確実にオンリーワンのものを楽しむのも好きだが、その土地土地での味付けのされ方に違いを見出すのが楽しい。漢字の音読み訓読みを楽しむように、地味な違いを探るのだ。以前、長野の松本で人生初の単独旅行をしたことがあったが、そのときも、ミスタードーナツを最も楽しみながら味わっていたと思う。そういうものなのだ。

昼過ぎからは日光江戸村に行ったが、これほどまでに「もう一度行きたい」と思わせるアミューズメントパークはない。この魅力は、言葉がどれだけあっても語りつくせないほどで、語られたものを読み解くよりは、自らの身をもってして体験してきたほうが早いと言える。

帰宅途中、晩御飯にカレーをサジェストされてしまった。
サジェストしてきた猫愛好家の同居人には、日光江戸村の公式マスコットにゃんまげの魅力は伝わらなかった。

日記29

2016.12.31

今年は2015年の延長を生きた年だった。

2015年に始めたことを継続をする、をテーマに、小さいことを粛々と重ねてきた。付け焼き刃ではダメだとインプットを多くしてきた。
序盤と中盤で、転職と同棲をしたけど、代わりにコンテンツに関わる時間は減った。

ビジネスの中でのコンテンツの役割について、縁取りをするように眺めていることが多くなっていた。

インターネットが好きだったはずだったけど、今年はプラスの感情を得られていなかった気がする。業界の中でせっかく適正化が計られてつつあったのに、それらはマイナスからゼロに戻すものばかりで、自分のブクマを眺めると終始インターネットをいかに良くしていくかの議論ばかりだった。さらに虚しかったのは、終始つながり続けるクリエイターたちだった。

コンテンツの扱いに関しては、ようやくモラルの最低限の遵守へと動き始めた。一次取材、専門性に基づくオリジナリティが水準になろうとしてる。「検索からアクセスがあるんだから、シェアしてもらえるんだからニーズがあるのだしこれで良いだろう」のスタンスでコンテンツを作り続けているものの限界が垣間見えた。

脆いコンテンツを発信し続けた先に、読み手も変化が求められる。徐々に情報の摂取はメディアが発信したものではなく、頼りになる友人、知人、インフルエンサーがシェアしたものを味わっていれば良いという考えにシフトしつつあった。ポスト・トゥルース元年である2016年はそれを見事にひっくり返した。2017年では、「いかに情報や人を疑うか」についてもっと議論されても良いと思う。

それゆえ、シェアされるために、検索で見つけてもらうために、インフルエンサーとつながるために、お金を稼ぐためだけのコンテンツを提供する人々、彼らが何を作っているのかわからなくなってしまった。より断絶を感じた。いくらつながりが多く影響力があるからといって、信頼できる情報や純粋なエンターテイメントを供給していることにはならない。

生存戦略としてクランのように、トライブのようにコミュニティをいくつも持っているのはとても理にかなっている。しかしコミュニティ間のやりとりが可視化されると、自分は予想以上に引いてしまっていることを自覚した。

組織やつながりが、(インターネットでより)しがらみに感じられるようになってきた。

続きを書いていたけど、12時までにまとまらなそうなので、一旦ここまで。

2016年、お世話になりました。2017年もよろしくお願いします。

日記28

2016.12.30.
5時に目覚めて二度寝した。洗濯物を干して、阿佐ヶ谷へ。

速水健朗、おぐらりゅうじ、武田砂鉄の3人で今年のニュースを振り返るトークイベント(3時間超)を聴いた。
久しぶりに死ぬほど笑った。
特に砂鉄がすごい。淡々としながらも、鋭いネタを差し込んでくる。
年末イベントはB&Bで過ごそうかと思ったけど、砂鉄で大笑いしたのでがっちり納まった気分。文も上手いのに、トークもヤバイというのがもうヤバイ

来年も行きたいな、と思った。

帰りにまだ未読だった武田砂鉄の『芸能人寛容論』を買った。
これが今年最後の購入本になるかな〜。ちなみに昨日でkindle unlimitedは解約してしまった。購読型はむつかしい。